
あけましておめでとさんです。
今年もよろしくです。
さて。
ってことで
昨年、年末の
大阪滞在日記ネタ第一弾っす。
神戸で
哲学カフェってのやってました。
大学の研究室が中心となって
はじめたらしいです。
哲学カフェ。。
つまりは、
世の中のいろんな事象について毎回テーマを決めて
気軽に集まった参加者同士、
カフェでコーヒー飲んでサンドイッチでもつまみながら
まったり気軽に論議しませんか?
っちゅうイベントのようです。
おもしろそうなので行ってきましたあ〜〜〜
僕が参加したときのテーマは
「ボランティアについて」
とその前に。
会場の喫茶店に行くまでにひと騒動あったし...^^
三宮まではよく知っとったわけなんやが
前の日に大宴会しすぎて飲みすぎて
下調べもせずにギリギリ阪神電車に乗り込んだもんで
高速神戸っちゅう駅に特急が止まるのかどうかが
いまいちわからんかったもんで
とりあえず各駅停車に乗ったら
1時間30分くらいかかってやんの...
(ふつう、梅田から三宮まで特急で20分くらいか?)
さすがローカル阪神電車。。
こまめに止まり過ぎぃぃぃ〜〜〜〜!!!
...ってなわけで
遅れて哲学カフェ会場の茶店に到着。
二階の会場へ。
会費は千円。
コーヒーは一人一杯づつは普通やが、
サンドイッチは二人で一つの皿って..
しかも皿には5つってどうよ...
お互い初対面同士。
最後の一個は
”アッチ向いてホイ!”
かなんかで決めろっちゅうんかあ?
ボランティアについて議論する前に
このサンドイッチの行方について
サービス業の本質を議論してみたいもんだ。。^^
そんなこんなで
アホなワシがサンドイッチと睨めっこしとる中
すでに議論は白熱しとるようだ...
参加者の顔触れは
ほぼ予想どおり^^
日本でこういうイベントやると
主催者自身がマットウ過ぎる人が多いのもあってか
だいたい生真面目なタイプの人が集まりまんな。
ワシみたいなおちゃらけイランこと言いなタイプは
ホントはこういう場は浮きまくるんかもね^^
案の定。
議論は”そもそもボランティアとは何ぞ?”というような言葉あそびが続くなか
約1名。昼間暇で介護のボランティアやっとる(ご本人談)という爺さんが
”現実はそうやないねん!”とご自身の現在の経験談で突っ込むという展開が...
この日の司会者さん曰く、
司会者ご自身がボランティア活動をする中、
果たしてボランティアとは?と思ったことから
今回このテーマを哲学カフェの議題にしたらしいですが
ボランティアって、よく聞くキーワードやが
そもそも日本にそういう概念ってもともとないんちゃうのぉ!?
ボランティアなんて
欧米世界の一神教の概念で
つまりは”持つものが持たざるものを救い上げる”という
日本の文化的背景からしたら
誠にクソ偉そうな視点(神の視点か?)から発生したもんやと思うんですよね。
日本は”和の精神文化”です。
(今ちょっと廃れてきとるわけやが...)
狭い小道では、お互い見ず知らず同士でっても阿吽の呼吸で傘かざし。。
村八分といいながら二分(死と災難)は違和感なく普通に助け合う。。
じいさんやばあさんが躓けば
その場の人たちが誰かれなく助けようとする
これって
世界中何処にもみられる光景かもしれんが、
たとえば欧米の場合は、
その行為はジェントルマン精神、騎士道精神からくるもんで
その場合、その精神文化は、日本みたいに国民全体が共有するものというよりも
一部の上流社会もしくは地域社会がその社会における
特異なコモンセンスとして持つ場合が多いので
ちと意味合いが異なります。
それでもボランティアをテーマにして探ろうとするなら
日本の助け合いの精神文化を復活させることをテーマにした方が
よりよい議論になったんじゃないかな?と感じた
初めての哲学カフェでしたあ〜〜〜
ボランティアなんて
やたらと高尚な視点で議論しとったら
日本でボランティアの名のもとに活動やっとるやつなんか
ほとんど自己満足な団体ばっかりやん!
欧米の感覚でボランティアやるんやったら
手話や点字みたいな目にみえる綺麗なボランティアだけでなく
人間の欲望にそくしたような
”せんずりの介護補助”とかそのものズバリの”性介護”なんてのも
同じ目線で議論することになるが
それについて日本人がどこまでついてこれるのか?
って議論まで行くけどその覚悟はどうつけるんじゃ?
有償無償でボランティアを語る人も多いが
それがボランティアが成立する定義のひとつやというのなら
”性ボランティア”が成立した場合、
ソープランドをはじめとして日本の風俗はほとんどボランティアってことになるわけやが
それについてもどう議論していくつもりなんじゃ?
って試に手を挙げて言うてみたら
かなりひかれた感があってタイムアップで終了しましたとさ^^
まあしかし、今回の哲学カフェで思ったんやが
”平和”や”幸せ”とかのよくある普遍のテーマっちゅうのは
案外、その国や地方、地域、コミュニティーなどのもつ価値観ひとつで
普遍でもなんでもなくなるっちゅうのは
人間社会の問題の根底的問題なんかも知れまへんなあ。。
だからこそ
問題があれば
日本は日本の文化的背景にあった問題解決方法を探り
それを世界に”日本はこういう文化と考えのもと問題解決に向けて取り組んでいますよ〜〜”と
発信していくことが一番大事なんじゃないかと感じました。
しかしまあ、
欧米は、基本的に一神教の文化なんで
”我がの文化以外に他の文化は認めまへん!”ってのがあるんで
そこが共通のテーマが問題となった場合にこじれるわけなんですけどね^^
う〜ん。。
ちょっと脱線しすぎて何言うとるかようわからん感じです?
・・・ですよね?^^
まあ、こんなして
それぞれ参加者がいろんなテーマをもとに
様々な思いを巡らし考えてみることが
この哲学カフェの一番おもろいところなんでしょうね。
哲学カフェ。
宮古島は小さなコミュニティーだけに
日本の縮図的なテーマがいろいろ見られる場所でもあります。
宮古島で哲学カフェが開催できればおもしろいかもしれまへんな^^