2012年01月30日

BAR日記...その2



大阪滞在中の
BAR日記...その2です。


まずこちら
大阪の松島新地。

いわゆる昔の(まあ、今もやが..^^)
遊郭ですわいな。

HDR処理画像バージョンでは
こんな感じ。。↓↓
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実は僕。
ココに住んどりました〜〜〜!

で。
風俗店じゃぁ〜ないけど

この辺りで
飲食店なんかもやってたりして

なもんで僕にとっては
結構、思い出のつまった町でもあるわけです。


今回の大阪滞在中。
なにげにこの辺りに帰って来て
”8年たちゃ〜いろいろ変わってきたのぉ〜〜”
なーんて思いながら探索していたら...


松島新地の入り口
地下鉄中央線のある中央大通り側に

雰囲気ありまくりの
”日本酒ばー”がオープンしてはるのを発見!!!


ちょっとブレとるけど
こんな感じ。。。↓↓

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”日本酒ばー「このや」”さんです。


さっそく入ってみたし...^^

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こちらのお店。

”ばー”とはいえ、
ポン酒にあるフードメニューもかなり充実してるのが
これがまた食いながら呑む派の僕としては嬉しかった!!

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ポン酒の方も
随時いろいろ旨そうなのを仕入れて置いてるようで
それがまた楽しみな店であります。


熱燗でいただく
”名物”鮭とば酒が寒い夜には
これまた絶品!!!

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いろんなアテを食べながら
まったりポン酒を呑みたくなったら


大阪九条の
日本酒ばー”このや”さんにぜひぃぃぃ〜〜〜〜!!!





というわけで
調子に乗ってもう一軒、ご紹介ぃ^^


こちらのBARは
大阪平野にあるショットバー”B.B.X”さん


これまたブレブレやが
こんな感じ。。。↓↓

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もちろん
食いしん坊な僕が紹介するとこなので
ショットバーとはいえ
フードメニューが豊富だったりします。。^^

たとえばこちら
見るからに旨そうな
ガーリックフランス!

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さらにさらに
大阪B級グルメ
本格イカ焼き!

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”火ぁ〜〜〜!!!”と
バーボンあおりながら食うと
そこは天国間違いなしなのではないかと...^^




こちらでは
ぜひ猫の前に座って呑むべし
ゴロゴロにゃお〜〜〜ん!!!^^

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posted by カン at 13:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 宮古島2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月27日

大阪BAR日記



大阪滞在中は、
飲み会の後によくBAR巡りに行ってたんですよね。

ってなわけで
大阪滞在日記。BAR特集です。


...まあ、正式には
BARじゃないとこもあるけど
気にしないように...^^


まずはこんな感じ...

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”ポツゥ〜〜ン。。。”と
”ん!?BARか?営業しとるのか?”みたいな

暗闇の中に
控え目な灯りのともってるような
ロケーションのとこが僕の好みのBARです^^



さて。

今回の滞在中
特に良く通ったのが
大阪玉造界隈!


この辺りは
いわゆるショットバーが多くあって
それぞれ個性的なお店になってます。


その中で、

大阪滞在中、
終電で帰ってきてはよく行っていたのが

玉造の駅前に
まさしく隠れ家みたいに営業しとる..

こちらのお店...

BAR”and G!”


こんな感じの
路地裏ロケーションです..

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気のいいマスターが
朝の7時?まで
気合で営業してます^^

店内こんな感じ。。↓↓

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これくらいの
こじんまりしたBARの方が落ち着くので
いい感じです...^^


夜中に小腹が減ったら
チャチャイ!と出てくる
インスタントラーメンがこれまた激ウマ!^^

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宮古島のBARは
島ってこともあってか

やたらと常連さん率高いので
どうしても寄合所みたいな感じになって
内輪ネタで盛り上がることが多いけど

僕が思うBARのいいとこは
ほどよいストレンジャー感だと思うので

こういう都会のBARの良いところは
もちろん常連さんもいてはるけど
駅前っちゅうこともあってか
”ふらっ”と入ってくるお客さんも多く

客層もいろんな年代や
業界の方が来るので自然と会話の内容も多彩になり

BARとしては
理想的なお客さん構成かもしれまへんな。




さてこの玉造界隈には
矢田地蔵尊と呼ばれている
地蔵はんがいてはります。


これこれ。。↓↓
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この地蔵さんがいてはるところは
現在は商店街になってますが
江戸時代の暗越奈良街道にあたります。



こんな感じに
赤い服?着てはるので...

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ちょっと
わかりにくいけど

この地蔵さんの体には

暗越奈良街道をずぅ〜〜〜と行ったとこにある
地蔵菩薩で有名な奈良県大和郡山市の矢田寺までの
道のりが書いてあるですよね


つまり...


地蔵さんの道しるべ!


お地蔵さんって
道しるべの標識的な役割をしとる場合は多いと思うけど
体に案内書いてる地蔵はんっても珍しいでしょ?^^




大阪玉造界隈。。

機会があれば
ぜひBAR巡りに行ってみてくださいね〜〜〜







最後にサラっと
僕関連のお店をば...^^

市内某所ライブ系BAR。
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市内某所スナックBAR。
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市内某所カラオケBAR。
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ディープ過ぎる場所のとこばっかですが
ぜひ探して行ってみてくださいよ〜〜い^^



次回もっかいBAR特集!^^




posted by カン at 17:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮古島2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月24日

出し巻きたまご




寒い季節は、
よーくお出しが染み込んだ
アツアツの出し巻きたまごをアテに

ポン酒を熱燗でクィ!


これサイコー!!!



ってことで
いきなりの大阪出し巻きたまご特集です^^


まずはこちら。。
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こちらは。。
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中に温泉卵がインされてる
アイデア出し巻きたまごです^^
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こうしてみると
出し巻きたまごってお店によっていろいろでんなあ。。

ちなみに
宮古島の居酒屋さんの出し巻きたまごもいくつかありますよ〜い!


何処かわかるかな?^^




僕の大好物なのが
卵6コ使ったこちらの”ぷるんぷるん出し巻たまご”は

こちら。。↓↓
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350円也!!!


但し、僕が大阪に帰ってない間に
大将が引退されたので
今はすでにメニューにありまへん...



残念!!!






さて
大好きな
出し巻きたまご大好きなんですけど、


一般的な居酒屋さんに
”出し巻きたまご”のメニューがあった場合。




これってただの...


たまご焼きやん!!!
(出し巻きちゃうやん。。)




ってガッカリすることが
やたらと多いです。



あと、
おもっきし”作り置き”しとるとこも多いでんな。




まあ、考えてみたら
”出し巻きたまご”って
作るのかなり邪魔くさいもんねえ。。^^



posted by カン at 17:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮古島2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月23日

オバァの指令



さて。
前回の大阪で営業されてる
”某沖縄系居酒屋”の大将の話。


こちらの大将。
現在50代前半戦...

沖縄の某離島の高校出たあと、
大阪の某有名調理師学校に進学したあと

大阪で就職し、30数年。
現在は、自分のお店を大阪の某所にて営業されてはります。


大阪に出て来たばっかの
専門学校時代。

沖縄から大阪に来ると決まってから
大将のオバァが言い続けていたのが

”内地のヤツらに舐められるな!”
”舐められたら殴ってやれ!”

というかなり激しい指令...


そしてこれまた純粋極まりない
ティーンエージャーの頃の大将。。

オバァの言いつけどおり

大阪に出てきたばっかの頃は
周囲の大阪出身の同窓に
大阪弁でしゃべりかけられるたびに

その言葉が
何言うとんのかあまり理解できかったので

しゃべりかけられるたびに...


”あっ!オレ舐められてる!!!”
(これがオバァの言うとったやっちゃな。。)

となり、

しゃべりかけて来たやつを
手あたりしだいにシバキまくってたそうな。。
(凶暴っすねえ。。^^)


今でも当時の同級生と呑むたびに
”あんときなんでお前に殴られたんか意味わからん!”
と憤慨されるたびに

恥ずかしい思いをしとるそうな^^




その後、就職してからも
かなり文化の違いに悩んだそうな。


まあ、それでも
なんやかんや言うても大阪と沖縄って似てるとこあるから
今では大将も大阪に馴染んで暮らしてるみたいなんですけどね。


そんな大将。

島の同窓生とかには、
”島に帰ってきて島で店だせ”
と帰るたびに言われるらしいんやが、

”ていげい文化”の悪い面もよくわかっとるので

たとえ島で店出しても、
ツケで呑まれて店つぶれるの目に見えてるから
絶対島では店す気はないらしい。。



あと
大将の沖縄出身者論がおもろかった。


沖縄出身者で内地に出てきた人間で
内地に馴染まれんと島に帰った場合、

精神的にこもってしまって
極端に保守的になってまう傾向があるらしい...

たとえば
ちょっとでも内地に馴染んだ人の場合は

我が自身が
苦労しながら文化の違いを克服した経験がある分
たとえ島のダメな部分を指摘されても
割と素直に受け止められるけど

馴染めずに島に帰った人の場合は
島の問題点を(特に内地の人間に)指摘されると
それを改善しようと謙虚に受け止めることはまずできないし

逆に”なにをぉぉぉ〜〜〜〜!!!”って
特に意味なく殻にこもってしまって
条件反射的に逆ギレするのが多いらしいです。


だから大将が島に店出したくないのも
ツケで呑まれて店潰れるってだけでなく、

島で店を出した場合、
島の悪い面も悪い面だとわかっても
それらを甘んじて受け入れながら商売せなアカンとこが
ウザいっちゅうのもあるみたいなんですよね。


県人会とかでも
”島のためにぃぃぃ〜〜〜”みたいなことを
口では言うてそれらしいことはするけど

実際、島を出て内地で成功した人って
島で暮らす人以上に島に愛着はあるわけやが
島にはそういう島根性があるのを
これまた誰よりもよくよく理解しているだけに

本気出して
島で商売をして島の経済に貢献しようなんてことは
島国根性と対決せなあかんもんで
それゆえはじめから”無理だ”と思って
あきらめとるっちゅうのが本音らしいです。




あと、
宮古島&伊良部島の話が
永遠とつづいたわけですが

残念ながらこの手の話は
濃すぎてブログでは書けまへん。。^^




まあ、しかし

大将はそういう島の悪い面が見えすぎて
島に戻る気が無くなったようやけど、

僕みたいに逆に島の方が住みやすいと思うヤツは
内地の嫌な部分が見えすぎて
逆に島の良い面が心地よくなっとるんでしょうな...



posted by カン at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮古島2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月22日

炭水化物な一日


宮古人もそうやと思うんでっけど
大阪人もまた炭水化物もんが大好きなんですよねぇ...^^

ってわけで
今回は大阪滞在中の
とある日の炭水化物な一日です。


まずは朝食。

大阪ミナミにある
とある有機栽培系の健康カフェでの

”たまごかけごはん定食”

これこれ。。↓↓
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ごはんに、たまごに、豚汁..と
おもくそシンプルやけどこれが旨い!

オリジナルのオーガニックコーヒーも絶品っす!


で。
ランチはこれこれ。。↓↓
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”やきそば定食”

炭水化物に炭水化物を合わせるというメニュー。。

どうも関東ではあまり馴染みないみたいやけど
大阪ではごくごく普通な組み合わせです^^

もちろん
”お好み焼き定食”ってのもありますが
ランチには”やきそば定食”の方がなぜか人気あります


で。
ひと仕事した後。


夜は
もちろん飲み会ね^^
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この日はとある沖縄料理店で
この店の大将交えての呑み会。

沖縄の某離島出身の大将の
”沖縄離島出身者あるある話?”が
超おもろかったので

この話は、次回にでも...^^



そして呑みの帰りの
もうひとつのお楽しみが

こちら。。↓↓
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銭湯ぉぉぉ〜〜〜〜〜!!!

僕、銭湯大好きなんですよねぇ...^^


こちらの”延命湯さん”

リニュアールでものごっついことになっとる
大阪駅の近くの福島っちゅうとこの
大都会の飲み屋街のど真ん中にあって

今でこそ
外観はコンクリートの打ちっぱなしという
オシャレな外観になってますが

もうかれこれ70年くらい営業してはんのかな?
結構古くからやってられます。

まあ、
今でこそ大都会になっとるけど
だいたいこの辺も長屋だらけの下町やったわけではあるんで
こういう銭湯があっても不思議ではないんですけど、

まわりがあまりに都会化してもうたんで
今ではちょっと珍しい感じになってもうたっちゅうわけです。


中はちょっと変わった曲線の湯船があって
都会のど真ん中やのに露天風呂もあります。

入浴料は350円也!


風呂から上がってからのお楽しみ
大阪名物?”みかん水”もありまっせぇ〜〜〜^


で。
そのあと

みんなで屋台で買って食うのが
これまた定番の

これこれ。。↓↓
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”たこ焼き”っす!

こちらの屋台は
ソースなしの”そのまま食ってや出し味タイプ”^^

儲けあんのか?の
衝撃価格。

200円也!!!


で最後に
ビール飲みながら決めるのが
(まだまだ、食ってしまうのだよ..)


夜食の
これこれ。。↓↓
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お腹に優しい

”うどん”だあ〜〜〜〜!!!


こちらの”ペコペコ亭”。
大阪城近くの森ノ宮ってとこにあります。

玉子とじうどんが名物やんやけど

2000円〜3000円するような
超デラックスうどんもあります

深夜2時までやってて
アットホームで店員さんの接客も感じ良し!

ちなみに
1玉でも2玉でも同じ値段です。





こうして
炭水化物な
おおさか人の一日が終わるのであった。。




まるぅ!!!





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2012年01月21日

なにわ人情酒場


もうしばらく
大阪のC級グルメねたです^^

こちら
とある下町の
とある串カツ屋さん

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串カツのネタが”があああ〜〜〜!!!”と並んであって
お客が適当に食いたいもんを

”おっちゃんコレコレ!”って注文して
ネタがなくなったら”終了ぉぉぉ〜〜〜〜!”っちゅう
昔ながらの串カツ屋さんスタイルです。


大阪の串カツ屋っちゅうたら
もうかなり有名なったけど

ソースは二度づけ禁止。
どて焼きももちろんありまっせ〜〜〜!
ってスタイルでもあります^^


だいたいこういう酒場は
昔の大阪の下町には何処の町にもあって

銭湯の帰りとかにファミレスに入るように
下町ファミリーがガキんちょ連れでやってきて

串カツやホルモンを食いながら
小腹を満たして行くっちゅうのが定番だったんですよね。


もちろんガキんちょはサイダーとかラムネ、
で宴会ってわけなんですけど、

回りのオッサンらも酔っぱらっとるんで
しばらくすると

”ちょっと飲んでみるか?”
ってな感じで
かなり飲まされたりしてね^^



ちなみに
僕の生まれ育ったとこは
大阪でも港湾地域ってこともあってか
ぶっちゃけあんまりガラ良いとこじゃなかったんで

こういう酒場にいくと
たいがい地元の極道やチンピラみたいなのも同じように
銭湯行って呑んどるわけなんで

普段はみんな大人しく呑んどるわけやが
ちょっとしたイザコザで
すぐに血みどろのステージがはじまったりして^^


こういう店も
最近じゃぁ〜なかなか見なくなってきとるのは
ホンマ寂しい限りでんなあ。。。



さて。
こちらは別の下町酒場の串カツですよ〜〜〜

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こちらはソースがかかってるタイプね。
デカいだけでなく
衣がサクサクで中の肉がジューシー!!

値段も下町価格の2本で210円也!


こちらは
ササミのシソ巻ね。

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こちらもでっかく2本で210円也!


さらに
こちらは刺身盛り合わせ。

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ぶっとさがものごっついです...
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この店最高価格の500円也!!!





大阪にお越しの際は、
ぜひとも大人のディズニーランド!下町酒場へ!!!






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2012年01月20日

ど根性!五坪の寿司屋



なにかと久しぶり宴会が続いた
今回の大阪長期滞在。

遅くなったときの
何次会かの呑み収めには
なぜか寿司かうどんが食いたくなるわけです。


ってことで
とある大阪の下町にある
名物寿司屋での風景っと。。


まずは軽く?寿司盛り。。
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さらには、
湯豆腐。。
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調子こいで
うどん。。
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で。


〆の
大好物の鉄火巻ぃぃぃ〜〜〜!!!
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たぶん
いや間違いなく...食いすぎか?!^^



さてさて。

こちらのお寿司屋さん。
朝の7時くらいまでやっとるという
かなり邪道な寿司屋ではありますが、
僕はこういうとこ大好きなんですよ^^


さらに
すごいのが...

こちらのお店。


五坪しかありませんからぁ〜〜〜!!!
(大将んちの台所じゃないよ^^)

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30年つづく
常連さんも多いこちらの寿司屋。


唯一。大将のご不満わ?

”最近、べっぴんさん来ないんよねえ。。。”




・・っちゅうか

昔から見たことないけど...^^




posted by カン at 11:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮古島2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月16日

天守閣が誇らしいワケ



再び大阪。


大阪のシンボルであり
大阪人が誇りとする大阪城っす^^

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WTCやATCなど恥ずかしすぎる建物もいっぱいある大阪ですが
この大阪城だけは誇りとする人多いんじゃないでっかね?
(まあ、歴史を無視したデザイン的にはいろいろあるやろけど...)

徳川時代の歴史的建造物も残っています。

あと、整備された大阪城公園も
緑が少ない大阪にとって憩いの場所でもあります。


こんな感じの
緑深い場所もあったりして...^^

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大阪城はボランティアの皆さんによって
無料で案内してくれるようにもなっとるようでんな。

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宮古島も例えば遺跡とか博物館とか
常設のボランティアのガイドさんとかがおったら
島文化を知ってもらうためにも必要だと思うとこやけど
なんかそういうソフト面のサービスはイマイチみたいでんな。

無駄な東屋とか利権がらみのもんには
必死になるのにねえ...
(う〜ん。。)


大阪城の天守閣の石垣には凹みがあります。

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ちょっとわかりにくいかも?...

これは第二次世界大戦当時に
爆弾が落ちた後ってことです。。


大阪城には、
こちらのパイプによって水が運ばれてますよ〜い!

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で。
現在の大阪城は、
江戸時代以降のものをもとに復元されてますが

それ以前、
信長や秀吉の前には

この地に石山本願寺っちゅう
城壁で囲まれたまさしく城みたいな寺があったようで、

現在の大阪城の敷地内にあったことは
ほぼ確実視されとるわけですが、

正確に何処にあったのかというのは
未だにわかってません。。

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まあ、人の歴史ってのは
その時代に生きた人の思惑があって創られる面もあるので

資料が残ってない場合もあるし、
資料が残ってる場合でも、そういう思惑によって
真実が真実でない場合もあるわけなので

歴史を語るっちゅうのは
なかなか難しいもんだということでんな。



ちなみに
大阪人に愛されつづけてる大阪城。

現在の大阪城天守閣は、
1931年(昭和6年)に当時の大阪市民の寄付によって再建されました。

寄付には、申し込みが殺到したため、
およそ半年で目標額の150万円(現在の600億から700億円に相当する)が集まったそうで、
この寄付金によって天守閣の再建だけでなく、周辺の公園整備も行ったようです。


すごいのが
これって1930年(昭和5年)から翌1931年(昭和6 年)にかけて
日本経済を危機的な状況に陥れた、
昭和恐慌のあった時期と重なっとるんでっせ!


すなわち大阪っちゅうのは
官に頼らない独特の気骨があったっちゅうことです。


これって大阪市民にとっては
誇りとするところだと思うんですよね。



宮古島にもいろんな記念碑的な建造物がありますが、
ほぼすべてが補助金なんじゃないでっかね?

これって結構恥ずかしいことやと思うんですよね。

その地に建つ歴史的な記念碑だとかは
どっかに出してもらうんじゃなくて
その地の住民の善意と寄付によって自発的に建てられる方が
より愛着もわくし自然な流れなんじゃないかと思うんです。


島の悪しき利権構造によって
不自然に思惑のみでつくられたような記念碑は
どんなにその重要性を説こうが意味がないだけでなく
アホさを後世に伝えかねんような
アホの象徴モニュメントにしかならんのと思うんです。


だいたい宮古島には、
このブログの題名に使わせてもらっとる
”アララガマ”って言葉があります。


アホな利権の島が本来の姿じゃないはず!

”アララガマ”という言葉にあるように

力のある気概を
島に暮らす皆が持ち続ける島であって欲しいと思いまんな。










posted by カン at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮古島2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月13日

おもろすぎる明治村!



明治村の続きっす。。


刑務所の監房です。。
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独房の様子もわかって興味深い...
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こちらは芝居小屋
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もちろん中にも入れるので
当時の庶民が熱狂する様子が目に浮かぶようですよ〜い!
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こちらは病院の渡り廊下。。
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そして看護に対する心得
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明治という時代は、
建物とかのハードの面だけの文明化でなく

こういった”〜〜の心得”みたいなソフトの面でも
西洋の文化を取り入れながら、
さらにそれを日本の文化に適応させていく中で
しっかりと整理されたものが創りだされ
それが周知徹底されてた時代であったようでんな。



素晴らしい。。



で。こちら病室。。
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庶民用じゃないのかも?

にしても
今の病室よりもかなり上等かもね^^



他にもまだまだ紹介しきれんくらい
貴重な明治の遺産が残されている明治村。


ホンマはもうちょいいっぱい写真アップしたかったんですが
アップ作業が邪魔くさいので
とりあえずこの辺にしときます^^


ロケーション的には
ちょっと行きにくい場所に位置してますが

みなさんも
機会があればぜひ一度いって
明治時代を体験してみてくださいよ〜〜〜






ってことで
最後にやたらと綺麗だった

ライトアップされた名古屋のテレビ塔っす。。^^

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2012年01月08日

坂の上の雲



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さて。
再び、名古屋ぁ〜〜〜

バスに乗って1時間ほど
やって来たのは明治村!

名前の通り、
明治時代の歴史的建造物が
名古屋郊外の山中の広大な敷地の中に
日本全国から移築され保存されておるところであります。

なんってったって
実際に建物の中に入ってみることもできるっちゅうのがスゴイっす!


日本。
先の大戦のこともあって
特に沖縄はそうなんやが、

マスコミ、教育委員会、労組関連を中心に
幕末〜明治を経て現代へと続く
この国の先人の必死の近代史を全く見よとしないだけでなく

先人の歴史を全否定するっちゅう
アホなことやっとるのが多いのが
日頃からどうも解せんところなんですよね。


ここ明治村に来て
移築された建造物を感じると
ちょい前の日本人の凄みと世界に追い付こうとした
この時代の必死さが身近に感じられます。



ってことで
まずはこれこれ。。↓↓↓

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誰の家かわかりまっかね?

これでどうだあ!。。↓↓↓
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そう文豪、夏目漱石の家っす!

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中まで入れます!

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こちらの家には

漱石の前には
文豪であり医師でもある
森鴎外はんも住んではりましたあ〜〜〜


素朴なつくりの家ですが

なんだか懐かしい木の香りとともに
明治の暮らしを感じられる家でした。。


続きまして
西郷隆盛の弟はんのこちら。。↓↓↓

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西郷従道はんです!

兄ちゃんとは違い
明治の時代を生きぬいた従道はん。

その家の内部がこちら。。↓↓↓
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ちょい前には刀振り回しとった時代に
次の瞬間にはここまで行ってもうとるんでっせ!

どっかの国みたいに
ただ猿マネするだけでなく

我がの文化としっかり適応できとるっちゅうのが
マジに凄みを感じるところっす。。


さらには、

京都にあった聖ヨハネ教会っす。。

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内部はこちら。。↓↓↓
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木造です。。


明治村の建物は一般利用も可能なんで、
結婚式を挙げておられるカップルもおられましたよ〜〜い^^



ってことで
広すぎる明治村。。

森の中をさまよいながら
次回へと続く。。

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2012年01月07日

こだわり...



もうちょい
名古屋ネタつづようと思っとりますが、

今回は名古屋ネタではないです...


とある知人から聞いた
とある場所にある
とある和食系の”こだわりの名店”

とある有名グルメサイトによると
数々の賛辞が並んどるような有名店であり、

店主は、
超ベテランの女将さんっす。


おもろそうやから
行ってきましたあ〜〜〜

まずは並んどった
癖のなさそうなポン酒を適当に選らんで
冷にて”呑み!”っとぉ...^^
(至福の時よのぉ〜〜^^)


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アテは、ご自慢の契約農家直送の
無農薬栽培の野菜を使った軽そうなメニューをチョイス。。

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真ん中の椀物は、
イベリコ豚の上等なやつが入っとるっちゅうことで
こちらも野菜と一緒に汁物にしてもらいましたあ〜〜


とまあ、

ここまでは良かった。


その後、
女将さんといろいろ談笑しながら呑んでたわけやが

小腹減ってきたんで、

女将さんに、
「なんか魚系のおススメあらへんでっか?」
と聞くと、

「今日はウチの目にかなう魚がなかったから仕入てへん」
とのこと...

ほんじゃぁ〜
「なんか肉系のおススメはあらへんの?」
と聞くと

女将曰く、
「鶏肉あるけどおススメやないねん..」
と言うわけです...


ん?

どういうことぉ〜〜〜!???



おかあちゃん!
商売やっとって肉仕入たのに
なんで客にはおススメやないんやあ???

と聞くと


女将曰く、
「今日仕入れた肉は高いんや..」
とのこと。。



高いって所詮はカシワやろ?


なんやなんやぁ〜〜〜!

それでから揚げ頼んだら
5千円くらいとるんかいな?!

って聞いたら


女将曰く、
「いやいや。五千円はせえへん...」


3千円やぁ!!!
(キリっ!)





・・・(マジかあ!!!...十分高いがな。。)



ってなやりとりがあって

見せてくれたのが

こちらの地鶏ちゃん。。↓↓↓

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でぇ。
この地鶏を使った
一人前3千円の超高級から揚げがこちら。。↓↓↓

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さて。
気になるお味の方わぁ...





マズいぃぃぃ!!!


おいおい!
グルメサイトのブロガー連中!!!

お前らこれ食って旨いって...

普段どんなもん食っとるねん!!!





ワシがガキんちょの頃に通ってた
商店街のカシワ屋のやっすいから揚げの方が
1万倍旨いっちゅうねん!




あまりのマズさを必死にひた隠しながら
半笑いの笑顔を浮かべて食べるワシを見ながら、

それを覗き込むように確認しにくる
女将の”どや顔”が


怖い。。






この日。
深酒になったのはいうまでもない...


料理人って
自分の実力勘違いしとるの結構多いっす。。

さらに悪いことに
ワシもそうやったが、
日本人ってどんなもん出されても
それなりに”うまいうまい!”って食うもんやから、

余計に調子乗ってまう料理人多いんかもね...




でもまあ、
こちらの女将さん

料理はともかく、
かなりおもろいキャラしとるので
ベシャリがおもろいもんで
この後、2回ほどいったんやけどね^^


まあ、しかし
野菜以外の料理は一切頼まんかったのは
お客としての防衛本能の成せる業である。。^^




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2012年01月06日

チャリンコ道路



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大阪おった時の
仕事の拠点のひとつだった名古屋〜〜〜

大阪からほぼノンストップで名古屋に乗り付けるという
超便利な近鉄アーバンライナーに乗って
10数年ぶりに行ってきましたあ〜〜

今回は、ちょっと贅沢に
デラックス席でんがな!^^


さて。
久しぶりの名古屋の街並み。。

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わかりまっかね?

チャリンコ関連の事故が多発するにともなう
現状無視の国による誠に勝手極まる
法律の厳正適用が始まっとるわけですが...


ここでは
すでにチャリンコ道路が整備されてるし!!

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自動車道路と歩道をはさむように
チャリンコ専用道路がつくられており、
数十メートルおきにはチャリンコ専用駐輪場まで
完備されとるっちゅう上等さっす。。



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「自転車は自転車道を通行しなければなりません!」

こんだけ上等な道つくったんやから
ちゃんと使ってくれよぉぉぉ〜〜〜〜

という気合が感じられる看板でんな^^


ってことで
これがそのチャリンコ専用道路っす。

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これがまた

二車線でっせ!!!
(一車線のチャリンコ道路みるとアホちゃうかと思う...)




宮古島にもせめて一周道路くらいは
こういうチャリンコ専用道路が欲しいもんでんな。。

まあ、その前に
普通に安心してあるける歩道の整備と
簡単な交通ルールすら守られとらんわけやが...



なわけで
この日の夜は、
10数年ぶりに再会した懐かしい面々と共に
中国、韓国、フィリピン、南米系と
TPP参加以後にやってくるであろう明日の日本を象徴するかのような
メルティングポットな街へと変貌してもうた栄の街を嘆きながら
朝まで呑み倒しましたとさ^^


...にしてもワシ。


濃い顔しとるせいか

宮古では
生粋の宮古んちゅに間違われるわけやが、


栄のフィリピン人にゃぁ〜

"アー ユー フィリピン?”ってな調子に

同胞と間違われすぎ。。^^





”ノーノーノーノぉ〜〜〜!!!!!!! ”

”アイアム オオサカジン! イン ミヤコジマ!!!”

”ユー アンダースタァ〜〜ン?!”




...理解できたかな?^^







(本日の付録。。)

あれ?
この人名古屋にも進出してみたいね^^

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2012年01月04日

子孫よ石碑に墨を入れ続けるべし!



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大阪ドームの近くに
大正橋という橋がかかってます。

そこには安政2年(1855年)7月建立された
「安政の大津波の碑」というのがあります。

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この碑は
前年の嘉永七年(一八五四年)六月十四日午前零時ごろ起きた
大地震の後の津波により多くの死傷者を出した経験を教訓とし
後世に伝えるべく先人が建てた碑です。


先人から言い伝えられておった
148年前の教訓を生かし切れなかった後悔とともに
子孫に対する思いにあふれた素晴らしい碑なのでここに紹介しときます。




以下、要約です...


安政南海地震では
地震を感じて家の一部が損壊し、
人々は家の下敷きになるのを恐れて、

船に乗って難を逃れようとしたが、
地震の2時間後、津波が襲ってきて、

船は転覆し橋は落ち地震で人は死ななかったが、
津波で350人が死んだ。


今から148年前の宝永4年(1707年)にも
同じような地震があった時も船に避難して、
大勢の人が死んだことがあった。

我々はこの先祖の言い伝えを生かせなかったので
悔しい思いをしている。

そこで子孫に申し伝える。

将来も同じような地震が来るのであろうが、
決して船で逃げようと思うな。

この石碑の文字がいつも読めるように
毎年この石碑の文字に墨を入れよ。




・・・




こうして先人の思いを込められて建てられた碑は

その後、先人の思いを受け継いだ子孫たちにより
毎年8月の地蔵盆に合わせて石碑を洗い清め
いつでも読めるように墨を入れつづけられています。




全文(原文)はこちら。。↓↓
(クリックで画像が大きくなります)

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全文(現代訳)はこちら。。↓↓(クリックで画像が大きくなります)

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一方。


今回の大震災による津波により
多大な被害を出すことになった岩手県の宮古市某地区。


この地も過去に三度の津波災害(明治、昭和、チリ)を被り、
集落の全滅も経験するという悲惨な経験を未来に生かすべく
先人たちは、津波の最高到達地点に3つの石碑を建てていたらしい...



んが!


その後、7mの立派な堤防が設けられ、
その堤防の威容に安心したのか、
地元の教育委員会によって元あった場所から動かされ、

一箇所にまとめて教育素材として
別の場所に”展示される”という異様なことが起こり

津波で被災した地域には、
次に津波に襲われても
「防災無線でみなが高台に避難する」から無問題という過信とともに

過去の教訓を忘れた子孫たちによって
住宅が立ち並らぶ光景となりました。。




そして今回の大震災...





津波の石碑については、
去年このブログでも書いたことがあったと思いまっけど、

その時には
"お前なんか宮古の歴史を知らんくせに!”
っちゅうてコメントされとったお方もおられましたが

歴史は知ることも大切やが、
歴史の現実を感じとることの方がもっと大切だと思うんですよね。

この地の教育委員会は”知ること”を重要視するあまり
その碑の内容とその碑がその場に存在することの意味を
ただの”過去の知識の蓄積”としてしか見ることができず
空想(妄想の場合はもっと怖い)の世界に歴史をおきざりにするばっかで
”現実”を感じることができんかったようでんな。




ぶっちゃけ言うてまうと、
大正橋の碑も先人と過去の現実を共有しとるわけでもないし
”知ってる人は知っとるが、知らん人は誰も知らん”程度なわけやし

この周辺が他と比べて津波に強いように
特に対策が施されいるというわけではないです。




それを思うと

今回の大震災。



今に生きる人々が
この教訓をどう伝えるのか?

又、これから生きる人々は
その教訓を現実にあったこととして
墨を入れ続けながらどう先人と共有しつづけていくのか?




そこんとこも
人間は問われとるような気がしまんなぁ...









posted by カン at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮古島2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月03日

メリケン地蔵はん




さて。
その哲学カフェの帰り道。

知らんかったんやが
どうやらこの日は、第一回神戸マラソンの日だったみたいで

三宮の繁華街も人でいっぱい!


久し振りに神戸の酒場で一杯呑んで帰ろう思っとったんやが
普段常連しか来ないような店もいっぱいで入られんかったもんで

散歩がてら神戸港に行ってみました。



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阪神大震災で避難してはったメリケン地蔵はんも
なんとか帰宅してはりました〜

今回の震災の復興の願いも込めて手をあわせときました。




で。
港湾に残された
阪神大震災のメモリアルパーク。

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陽が落ちてかなり寒くなってたんですが
神戸マラソン関連の観光客の皆さんが
多く集まって見学されてました。

僕ももちろんそうだったんですが、皆さん、
やはり東日本大震災と重ね合わせて思いをめぐらして見てたようですね。。




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阪神大震災でも倒れなかった
港のシンボルでもある
ライトアップされたポートタワー...


”火”を得て進化していった
人間のDNAから来るもんかもしれんけど

暗闇の中の”灯り”っちゅうのは
勇気や希望を思い起こさせてくれまんな。



政治家をはじめとして
その”灯り”を示せる人が
まったく見当たらん状況のにっぽん。。


間違いなくこれからが
ホンマの厳しい時代が待ち受けてます。


ご冥福をお祈りすることも大切なことやけど
慰めの言葉をかけられつづけるっちゅうのも
かける方もかけられる方も辛いもんでんがな..

辛く苦しいことは確かにあった。

けどそれを理解したのなら
今生きて苦しんでる人と同じ視点を持って
ひとりひとりがたとえ小さくとも
”灯り”だけは持ちづづけるようにせなあかんのちゃうのか?

そんな風に思えた神戸でした。




まあ、
旨い地酒は呑み損ねたけど

いまいちどあらためて
阪神大震災のときの気持ちを思い起こさすことができて
結果的には良かったかもね...^^





<メリケン地蔵>
かつて神戸港に住み込んでいた
水上生活者(←おしゃれな街神戸にもこういう時代もあったんです)の子供の霊を慰めるため
港湾労働者たち(←いろなん方々が集まってたわけです)が
1975年ころ建立した一対の地蔵を祭ってあります。

阪神大震災(95年)で岸壁が全壊したため一時移されたが、
復旧した2年後にこの地に戻された。地蔵盆には灯篭流しも行われる。







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2012年01月01日

哲学カフェ


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あけましておめでとさんです。
今年もよろしくです。


さて。
ってことで

昨年、年末の
大阪滞在日記ネタ第一弾っす。


神戸で
哲学カフェってのやってました。

大学の研究室が中心となって
はじめたらしいです。


哲学カフェ。。

つまりは、
世の中のいろんな事象について毎回テーマを決めて
気軽に集まった参加者同士、
カフェでコーヒー飲んでサンドイッチでもつまみながら
まったり気軽に論議しませんか?

っちゅうイベントのようです。


おもしろそうなので行ってきましたあ〜〜〜

僕が参加したときのテーマは
「ボランティアについて」



とその前に。

会場の喫茶店に行くまでにひと騒動あったし...^^


三宮まではよく知っとったわけなんやが
前の日に大宴会しすぎて飲みすぎて
下調べもせずにギリギリ阪神電車に乗り込んだもんで
高速神戸っちゅう駅に特急が止まるのかどうかが
いまいちわからんかったもんで

とりあえず各駅停車に乗ったら
1時間30分くらいかかってやんの...
(ふつう、梅田から三宮まで特急で20分くらいか?)


さすがローカル阪神電車。。

こまめに止まり過ぎぃぃぃ〜〜〜〜!!!




...ってなわけで

遅れて哲学カフェ会場の茶店に到着。

二階の会場へ。


会費は千円。
コーヒーは一人一杯づつは普通やが、

サンドイッチは二人で一つの皿って..
しかも皿には5つってどうよ...

お互い初対面同士。

最後の一個は
”アッチ向いてホイ!”
かなんかで決めろっちゅうんかあ?

ボランティアについて議論する前に
このサンドイッチの行方について
サービス業の本質を議論してみたいもんだ。。^^




そんなこんなで
アホなワシがサンドイッチと睨めっこしとる中
すでに議論は白熱しとるようだ...



参加者の顔触れは
ほぼ予想どおり^^


日本でこういうイベントやると
主催者自身がマットウ過ぎる人が多いのもあってか
だいたい生真面目なタイプの人が集まりまんな。

ワシみたいなおちゃらけイランこと言いなタイプは
ホントはこういう場は浮きまくるんかもね^^


案の定。
議論は”そもそもボランティアとは何ぞ?”というような言葉あそびが続くなか
約1名。昼間暇で介護のボランティアやっとる(ご本人談)という爺さんが
”現実はそうやないねん!”とご自身の現在の経験談で突っ込むという展開が...



この日の司会者さん曰く、
司会者ご自身がボランティア活動をする中、
果たしてボランティアとは?と思ったことから
今回このテーマを哲学カフェの議題にしたらしいですが


ボランティアって、よく聞くキーワードやが
そもそも日本にそういう概念ってもともとないんちゃうのぉ!?

ボランティアなんて
欧米世界の一神教の概念で
つまりは”持つものが持たざるものを救い上げる”という
日本の文化的背景からしたら
誠にクソ偉そうな視点(神の視点か?)から発生したもんやと思うんですよね。


日本は”和の精神文化”です。
(今ちょっと廃れてきとるわけやが...)


狭い小道では、お互い見ず知らず同士でっても阿吽の呼吸で傘かざし。。
村八分といいながら二分(死と災難)は違和感なく普通に助け合う。。

じいさんやばあさんが躓けば
その場の人たちが誰かれなく助けようとする

これって
世界中何処にもみられる光景かもしれんが、

たとえば欧米の場合は、
その行為はジェントルマン精神、騎士道精神からくるもんで
その場合、その精神文化は、日本みたいに国民全体が共有するものというよりも
一部の上流社会もしくは地域社会がその社会における
特異なコモンセンスとして持つ場合が多いので
ちと意味合いが異なります。


それでもボランティアをテーマにして探ろうとするなら
日本の助け合いの精神文化を復活させることをテーマにした方が
よりよい議論になったんじゃないかな?と感じた
初めての哲学カフェでしたあ〜〜〜


ボランティアなんて
やたらと高尚な視点で議論しとったら
日本でボランティアの名のもとに活動やっとるやつなんか
ほとんど自己満足な団体ばっかりやん!

欧米の感覚でボランティアやるんやったら
手話や点字みたいな目にみえる綺麗なボランティアだけでなく

人間の欲望にそくしたような
”せんずりの介護補助”とかそのものズバリの”性介護”なんてのも
同じ目線で議論することになるが
それについて日本人がどこまでついてこれるのか?
って議論まで行くけどその覚悟はどうつけるんじゃ?

有償無償でボランティアを語る人も多いが
それがボランティアが成立する定義のひとつやというのなら
”性ボランティア”が成立した場合、
ソープランドをはじめとして日本の風俗はほとんどボランティアってことになるわけやが
それについてもどう議論していくつもりなんじゃ?


って試に手を挙げて言うてみたら
かなりひかれた感があってタイムアップで終了しましたとさ^^



まあしかし、今回の哲学カフェで思ったんやが

”平和”や”幸せ”とかのよくある普遍のテーマっちゅうのは
案外、その国や地方、地域、コミュニティーなどのもつ価値観ひとつで
普遍でもなんでもなくなるっちゅうのは
人間社会の問題の根底的問題なんかも知れまへんなあ。。


だからこそ
問題があれば
日本は日本の文化的背景にあった問題解決方法を探り
それを世界に”日本はこういう文化と考えのもと問題解決に向けて取り組んでいますよ〜〜”と
発信していくことが一番大事なんじゃないかと感じました。

しかしまあ、
欧米は、基本的に一神教の文化なんで
”我がの文化以外に他の文化は認めまへん!”ってのがあるんで
そこが共通のテーマが問題となった場合にこじれるわけなんですけどね^^




う〜ん。。

ちょっと脱線しすぎて何言うとるかようわからん感じです?



・・・ですよね?^^




まあ、こんなして
それぞれ参加者がいろんなテーマをもとに
様々な思いを巡らし考えてみることが
この哲学カフェの一番おもろいところなんでしょうね。




哲学カフェ。


宮古島は小さなコミュニティーだけに
日本の縮図的なテーマがいろいろ見られる場所でもあります。

宮古島で哲学カフェが開催できればおもしろいかもしれまへんな^^




posted by カン at 16:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 宮古島2012 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする